昭和の重力に魂を引かれた漢

小説の感想文、たまぁ~~に雑記

ブッ飛んでます『山本五十六の大罪』 

f:id:ryodanchoo:20200501085703j:plain

中川八洋

 

題名からいわゆる敗因分析本、山本の戦略戦術の失策を列挙し、それを検証する内容だと察した。今回は既知の事柄を再確認するだけの読書になると甘く構えていたのだが、これがとんでもない爆弾本であった。

本書の軸は、日米対立の影にソ連の暗躍ありである。
曰く、陸海軍上層部に相当レベルのソ連対日工作が浸透していたという。
勿論ゾルゲの例を挙げるまでもなく、ソ連の工作活動が非常に活発であったのは周知の事実であるが、本書のいう戦前の日本は共産革命一歩手前であったとの記述は俄に信じ難い。

真っ先に浮かぶ疑問としては、当時日本ではあの悪名高き「治安維持法」によって、社会主義共産主義思想は徹底的に弾圧されていたのではないのかということである。
治安維持法」は、共産主義者の結社は取り締まったが、思想の拡散、とくに出版に対し無力のザル法であったと本書はいう。
大恐慌以降資本主義に対する疑問と怨嗟が増大する中、必然的に統制経済・計画経済に活路を見い出す空気が醸成されていったと。
これだけでも浅学の自分にとっては、まさに目から鱗が落ちる思いである。

大戦中の日本軍は、幾度となく常軌を逸した戦略戦術を取っている。
これまでの分析では、日本軍特有の精神主義なり、指揮官の無能ということで片付けられていた。私も何となく引っ掛かるものの概ねそれで納得していた。
しかし今回本書によって、一部がポッカリと空いたパズルに「ソ連対日工作」というピースがはめ込まれたのである。
例えば、「日ソ中立条約不延長後の関東軍の緩慢な防衛体制」
当然予想されるべきソ連満洲侵攻に対し、あまりに無防備過ぎる。
もし関東軍が既に工作活動により籠絡されていたとするならばどうか。
和平仲介の為、ソ連を刺激したくなかったという意見もあるだろう。しかしこの時期に外交的にソ連を頼ること自体、常軌を逸している行動と言わざるを得ない。
この一例をもってしても、指導者の無能の一言のみで説明できるだろうか?

確定的な証拠があるわけではない、殆どが著者の推察である。
しかし、大いに検証する価値はあろう。
賛同なり反証なり他の歴史家の見解を是非伺いたい。

そもそも軍民合せ三百万が犠牲になり、主要都市を焦土と化し、今も様々な問題(領土・歴史認識・米軍基地等)で日本の外交を縛る先の大戦を戦後七十年も経って尚、いまだに総括出来てないとはどういうことか。
A級戦犯に全ておっかぶせ、一億総懺悔で忘却の彼方に追いやられたのでは、死んでいった者は浮かばれない。

本書は徹頭徹尾辛辣なる旧軍批判に溢れかえっているが、随所に著者の祖国を想う心と戦没者への深い哀悼の念が表明されている。
ここに至ってはもはや、一部勢力の主張を丸呑みし、ひたすら日本への憎悪に凝り固まった自虐史観も、大東亜戦争はアジア開放の聖戦だったとの陳腐な美化も必要ない。
求めるのは、膨大な資料を精査検証し、あらゆる反証に打ち勝って確定した“真実”のみである。

 

驚愕度は軽く五つ星級だが、やはり筆の暴走感は否めない(特に山本の復讐 第二戊辰戦争あたり) よって
★★★★☆