昭和の重力に魂を引かれた漢

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大著『第二次世界大戦 影の主役―勝利を実現した革新者たち』

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ポール・ケネディ著/伏見威蕃訳

 

膨大な情報量と緻密な分析に圧倒される。
二次大戦における連合軍の勝因といえば、「圧倒的物量」・「先進の科学技術力」・「情報戦での大勝」などが真っ先に思い浮かぶが、本書ではさらに突っ込んで、最終的な勝利へ向け何が障害になっているか、その問題を解決するためにいつ誰がどうしたのかということを五章に分け詳述していく。
内訳は、「大西洋の制海権奪取」・「長距離護衛戦闘機の開発」・「電撃戦の阻止」・「上陸作戦の錬成」・「日本本土攻略」の五章である。

「大西洋の制海権奪取」
世界最大の工業生産力を誇るアメリカの工場で軍需品を大量生産しても、欧州の前線に安全かつ大量に輸送できなければ意味がない。
しかし大西洋の海中には独潜水艦群が跳梁跋扈していた。
この脅威をいかに排除していったか。

「長距離護衛戦闘機の開発」
ドイツ空軍の激しい迎撃によって多数の爆撃機が撃墜されていた。
何としても、イギリスからベルリンまで飛べる航続距離の長い護衛戦闘機が欲しい。
技術者たちはどのように高性能戦闘機を開発したか。

電撃戦の阻止」
航空部隊と機甲師団の打撃力によって速やかに前線を突破するドイツの新戦術「電撃戦
連合軍は防御戦術と地政学で対抗する。

「上陸作戦の錬成」
敵が防備を固めている海岸に対し、いかに損害を最小限に上陸するか。
陸海空あらゆる軍種がひしめき合う戦場で、複雑極まりない作戦全体を統括する新システムが必要になった。

「日本本土攻略」
広大な太平洋をどのルートで日本まで攻めのぼるか。
いかに日本艦隊を打ち破り、島嶼を死守する日本軍守備隊をどう駆逐するか。
日本軍以外の敵、鬱蒼と生い茂るジャングル、風土病、過酷な熱帯の気候風土にも対応しなければならない。

本書が非常に興味深いのは、こういった勝利を阻害する問題点に対し、大戦略を指示する政治指導者たちではなく、戦場で敵と向かい合う兵士でもない、“中間層”に着眼したことである。
戦局を左右する非常に重要な要素でありながら、著者が述べているとおり、従来あまり注目されてこなかった要素でもある。

上層部の無理解や限られた予算・時間の中で、“中間層” 現場の指揮官や技術開発者たちが、立ちはだかる問題にいかに取り組み、どのように解決していったのか。
Uボートを撃沈するため対潜兵器を改善する、戦闘機の機体と様々なエンジンを組み合わせてみる、爆撃で穴だらけになった滑走路を速やかに修復する工兵など、これらの物語は一見我々の生活とは隔絶された遠い世界の出来事のように感じられるかもしれない。
しかし“中間層”の人々が問題解決に際しみせた創意工夫と弛まぬ努力は、我々に大いなる教訓を与えてくれている。
特に経営者や人を指導する立場にいる者には、非常に示唆に富んだ逸話がいくつもある。
いかに思い込みや偏見が、自由な発想を妨げているか。
失敗を認めず、現状を頑なに固辞する姿勢がいかに犠牲を拡大させるか。
現場に権利を委譲せず、些細なことにもトップが口出しすることでいかに事業が停滞するか。

米英軍の長所を知れば知るほど、枢軸側特に日本軍の短所が浮き彫りにされて暗澹たる気分にさせられる。
工業生産力、科学技術力、戦略・戦術、情報戦はいうに及ばず、こういった才能ある人間を見出し力を発揮させ要職に就ける文化的背景、国民性や思想信条に至るまで完敗と言うほかはない。
戦後徐々に改善されてきたとはいえ、未だにこの「出る杭は打たれる」という民族的宿痾が日本社会に根強くくすぶっているのは残念でならない。

非常に興味深く読ませていいただいたが、最後に敢えて一言。
著者はイギリス出身なので、内容が西部戦線中心になるのはいたしかたないが、太平洋戦線に関しては英語の資料だけではなく、もう少し日本語の資料も精査してほしいところ。
東部戦線におけるロシアの資料は乏しいとのことだったが、太平洋戦争に関する日本語の資料はそれこそ多種多様大量に存在する。
敵側からの考察も加われば、さらに重層的かつ濃厚な分析になったであろう。


大著
★★★★☆