昭和の重力に魂を引かれた漢

小説の感想文、たまぁ~~に雑記

昭和史のもどかしさに悶えまくる『ロンドン狂瀾』

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中路啓太著

 

「ロンドン海軍軍縮会議」がテーマ。
中路先生、これまた渋いネタ引っ張ってきましたねぇ~~、えぇ~~と、説明面倒臭いんで(爆)初耳の方は検索願います。
過去読了の戦国モノ二作にて(おいおいアップ予定)、既に中路先生の力量は充分に存じ上げてますんで、すわッ新境地開拓か?ってなもんで書架にて発見次第、速攻で手に取らせていただきました。
軍ヲタにも関わらず恥ずかしながら、会議については補助艦対米七割ぐらいの知識のみなんで、この際キッチリ勉強させてもうらおうかと。

五百項強の大著を読み終えて、改めて昭和史のもどかしさに悶えまくることに。
歴史にIFは禁物、未来を知った上での後知恵とはいえ、もう少し何とか出来ただろうという思いが溢れ出して止まらない。
この感情は、当時、あの時点で、最善を尽くしたであろう人々への侮辱になってしまうのだろうか、、、

ネタバレっつーか、歴史的事実だからいいよね。
紆余曲折ありながらも軍縮会議自体は成功するわけですが、これが戦前の民主主義最後の輝きになるとは。
翌年の満州事変以降はもう転げ落ちるのみ。
中路先生も最後で総括されてますが、このロンドン海軍軍縮条約批准のタイミングが軍部の暴走を食い止められるかどうかの分水嶺だったと。
政争の具として取り沙汰された所謂「統帥権干犯問題」が、その後日本の民主主義と進路を錆びた重い鎖のように自縄自縛していくことになります。
そーなんです、戦前の日本も一応は民主主義国家だったんです。
「船頭多くして船山に登る」
関係各所の利害調整に膨大な負荷がかかり、健全なリーダーシップを殆ど発揮出来ない日本社会特有の宿痾を内包した中途半端且つ不完全な民主主義。

戦前の日本はそれこそ現在の独裁国家よろしく、万世一系天皇の元、国民全てが一糸乱れず統率された国と思いがちですがとんでもない。
良くも悪くも民主主義、先に述べた通り、中途半端且つ不完全な民主主義国家だったわけで。
各自がそれぞれの思想、利益に基づいて、国益そっちのけでバラバラに好き勝手動いていたのが実情。
こんなことならいっそ、天皇親政による独裁の方がマシだったんじゃないかと。
先帝陛下は、親英米派の英邁なる平和主義者であらせられたわけですから。

今回のテーマである「ロンドン海軍軍縮条約」についても、政府与党/野党/海軍、条約賛成派/反対派入乱れて喧喧囂囂(←喧々諤々は誤用なんですと)の大論争が巻き起こるわけです。
当時既に世界一の海軍国である米国と、まともに建艦競争しても勝てる見込みはゼロ。
その持てる国アメリカの方から軍縮しましょうと提案してきてるんだから、まさに渡りに船のはず。
折しも日本は不況、削減した軍事費を民生に回せば景気回復も可能。
宮中、政府与党、国民の大半は大賛成にもかかわらず、海軍の猛反対で事が前に進まない。
この混乱に乗じ政権を狙う野党の姦計も絡んでくる。
何故、国益に適う政策を政府が強力に推進出来ないのか?
国難に際しては思想信条や意見の違いを越えて、挙国一致態勢をとるべきでしょう。
国家の中枢を担いながら、国益よりも自らが所属する組織の権益を優先する政治家と官僚たち。
当時と何ら変わらない現在の政治状況とも相まって、ここいら辺は読んでて相当にイライラが募るところ。
陛下から一言、「条約は批准すべし」という御言葉を賜ればそれで万事解決なんじゃねぇーの?と。

天皇神聖にして侵すべからず
「君臨すれども統治せず」

天皇の政治利用及び天皇への政治責任の波及を避けるため、また立憲君主制の理想を追求する陛下御自身のお気持ちもあったでしょう。
大和民族古来の生真面目さが裏目に出たというか、、、
二・二六事件」や「ポツダム宣言受諾」のときみたいに、ヤルときはヤルッというスタンスでも良かったのでは、、、
特に日米交渉時の
「よもの海 みなはらからと思ふ世に など波風のたちさわぐらむ」
の辺り。
もうちょっとこの線で押せなかったのかと、、、
まぁ、これは歴史の後出しジャンケンですよね。
後からあの時あーしてれば、こーしてればとはいくらでも言えるわけで。
でもやっぱ、湧き上がるモヤモヤ感はどうしようもないっつーか。

さて話をロンドンに戻します。
会議自体は成功したとはいえ、後の歴史から見れば全てが無駄だったというのが何とも虚しいところ。
十数年後、この会議で軍縮を話し合った日米英の世界三大海軍国は、太平洋で血みどろの戦いを繰り広げることになります。
その頃には主戦力が戦艦から航空機に移っており、ロンドンで各国があれほど拘った巡洋艦保有割合など、戦局に全く影響を与えてないという皮肉。
作中登場人物たちがそれぞれ柵を抱えつつ、何とか反対勢力を抑え、世界平和実現のため懸命に軍縮条約を締結させようと邁進する様を、それが徒労に終わることを知りながら後世から眺めるのは何ともやり切れない気持ちになります。

ロンドンでの国益を背負った外交官同士のせめぎ合いは、激しさの中にもまだ一抹の清涼感を見出せましたが、国内における批准に対する反対工作の愚劣さは目を覆うばかりで、後半はこれでもかと気が滅入る展開に。
中でも鼻に付いたのは枢密院の横やり。
軍縮の本筋とは全く関係ない条文のスペルミスや印刷の文字が潰れていることなど殊更に取り上げ、重箱の隅をつつくような嫌がらせを繰り返し、何とか批准作業を遅らせようとするその姑息なやり口。
ホント、昔と何も変わってねぇーなと。

議論が本質からズレてることって、今の政治でも多いですよね。
兎に角言質を取ろうと、やたら煽ってみたり。
言葉尻を捉えて大騒ぎしたり。
漢字が読めないからって、国会で漢字テストやってみたり。
どうでもいいことに群がって、肝心の政策論争が疎かになっていませんかと。
ぶっちゃけるに、皆もっと言いたいこと言っていいんじゃね?
言質を取られまいと官僚が書いたメモ読み上げるだけじゃ、自由闊達な議論とはいえんでしょ。
失言したら、訂正して謝るだけでいいじゃん。
言いたいことも言えないこんな世の中じゃポイズン♪ですよ。
「不適切発言してるコはいねがー」とポリコレなまはげ跳梁跋扈の昨今、息苦しさを感じてるのは俺だけじゃないはず。
お前は間違ってるから喋るなじゃなくて、常に両論併記で周りが是非を判断出来れば良いだけ。
あらゆる意見を出し合って皆で充分話し合った後、多数決で決めたこと(←コレ重要、数ある問題で有権者全てを納得させるのは不可能、不満は残るも決まったことには従うしかない)をリーダーがキッチリ実行していく、これが民主主義でしょ。
、、、って、また本の感想じゃねぇーな。

じゃあ、本筋以外の重箱の隅を少々。
細かく章分けされてるんですが、章を跨いでも一切場面転換がないっつーのが新鮮。
途切れることなくズーッと話が続いてるんで、わざわざ章立てする必要なくね?と思ってしまいました。

中路作品の感想では毎回述べてますが、今回も歴史上の人物を善/悪でガッツリ分けちゃってます。
当然のことながら、条約賛成派=善、反対派=悪という案配。
まあね、そうなんですけど、やっぱ歴史モノで登場人物を善/悪で分けんのは好きじゃねぇっス。
ライオン宰相こと濱口雄幸は魅力的でしたけどね。
巻頭に登場人物一覧は欲しかった。
当時の政治家や軍人をある程度知っていても膨大な登場人物に戸惑うんで、あの時代に馴染みのない読者だとお手上げの感あり。
っつーか、やっぱ当時に興味のある読者層しか手に取らんか、返す返す中路先生、これまた渋いネタ引っ張ってきましたねぇ~~


外交/軍事/経済は、国家にとってのグー/チョキ/パー也
★★★☆☆