昭和の重力に魂を引かれた漢

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経験者のみが語りえる圧倒的リアリティ『ペリリュー・沖縄戦記』

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ユージン・B・スレッジ著 伊藤真/曽田和子訳

 

米ドラマ史上、最高額の制作費を投入した歴史大作『ザ・パシフィック』原作。
海兵隊員として太平洋戦線に従軍した著者が体験した、極限を超えた戦争の実態。
圧倒的リアリティ。
英雄礼賛でもなく、反戦でもなく、只ひたすら地獄のような戦場の情景が綴られる。

我々日本人からすると、圧倒的戦力で反攻に転じて来た米軍は、各戦線で日本軍を一蹴したような印象を受けがちである。
しかし、こうして米軍側の記録に目を通してみると、勝者であるアメリカも大きく傷付いていたことが解る。
卑怯かつ残忍で、絶対に降伏しないタフな敵。初めて相まみえる異文化の人間との戦争。
燃えるような愛国心を胸に、南海の孤島に送り込まれたアメリカ人青年の苦悩は、読者にも痛いほど伝わるのではないか。

戦闘描写の激烈さは勿論、私が本作で最も印象に残ったのは、“臭い”の表現の凄まじさである。
熱帯・亜熱帯特有の高温多湿な環境下、戦死した兵士の死体が次々と腐敗していく。
銃弾が飛び交う戦場では、とても死体を片付ける余裕はない。
腐敗した死体に蛆がたかり、蝿が飛び回る。雨で泥濘んだ塹壕の中、ひたすら砲爆撃に耐える。
腐臭、泥、雨、虫、血と汗、排泄物、油、、、
恐怖や苦痛ではなく、「不潔」という別角度の視点をもって、戦場という文明社会から最も隔絶した世界を改めて思い知らされた。

そして著者達米海兵隊の苦難が語られれば語られるほど、ある思いに行き着く。
そう、さらに苛酷な状況にあった日本軍はいかほどであったろうかという思いである。

支援・補給が完全に遮断された絶海の孤島での死闘。
洋上に病院船が待機している米軍とは、医療体制からして根本的に違い過ぎる。
日本軍の場合、重傷=戦死に等しい。
米兵ならば誰しもが拠り所としていた「勝利」という道標さえ、仰ぎ見ることは叶わない。
数倍の兵力、火力に至っては数十倍という圧倒的な敵に対して、投降も許されず死ぬまで戦い続けるしかないのだ。
本作に於いても、絶望的状況下に関わらず、一向に士気が落ちない日本軍に驚嘆する描写が幾度となく見られる。

そして日本軍の非人道性については、徹底的に随所であげつらわれているが決して思想的なバイアスがかかっているわけではない。
米軍の蛮行にも多数の記述が割かれおり、見解が偏向することはない。
よって凄惨な場面の連続であるが、日本人である私が読んでも衝撃を受けることはあれ、憤ることはなかった。
いかなる思想信条とも切り離されている。本作で語られるのは、著者が体験した真実のみである。

ありのままの戦争の悲惨さを、加工を施さず容赦なく伝えることが、最も多くの人々に響く反戦活動になるのではないだろうか。


貴重な歴史の証言
★★★☆☆