昭和の重力に魂を引かれた漢

小説の感想文、たまぁ~~に雑記

ド長文Ⅱ『太平洋の試練 ガダルカナルからサイパン陥落まで』

f:id:ryodanchoo:20200704095917j:plain

f:id:ryodanchoo:20200704095928j:plain

イアン・トール著 村上和久訳

 

著者入魂の太平洋海戦録三部作第二弾。

ryodanchoo.hatenablog.com

今回は半年の消耗戦で日本が継戦能力を殺がれた「ガダルカナルの戦い」から、その敗北により太平洋戦争での敗戦がほぼ確定した「マリアナ沖海戦」まで。

充分に既知の歴史的事実故、陰鬱な読書になることは覚悟していたが、ここまでとは。
精強を誇る日本海軍が、司令官・幕僚の無能な作戦指揮により、開戦から一年と経ず圧勝から辛勝、そして敗北さらには惨敗へと転げ落ちていく様を見せ付けられるのは忍びない。
敵であった米国側からの視点、中立公正かつ非常に的確、さらに辛辣とくれば尚更のこと。
今回も日米、提督と兵士、戦場と銃後、あらゆる軍種、階層から太平洋戦争の主導権が日本から米国へ移った1942年夏から1944年夏までの決定的二年間が活写される。

ミッドウェーの大勝から僅か二ヶ月、米軍は反抗の矛先を南太平洋の孤島に定める。
ガダルカナル島
当時、世界中の殆ど誰も知らないこの小島が、太平洋戦争でも有数の激戦地となる。
そもそも米軍は、圧倒的物量をもって正攻法で力押ししてくるイメージが強いが、この「ガダルカナルの戦い」では、巧遅よりも拙速を採った。
孫子曰く「兵は拙速を聞くも、未だ巧の久しきを賭ざるなり」である。
当然準備不足の反攻作戦は、各方面から反対意見が噴出する。
対独戦に戦力を集中させたい同盟国イギリスの思惑、陸軍マッカーサーとの縄張り争い、現場部隊からの不安・不満、それらを米海軍トップ、アーネスト・キング合衆国艦隊司令長官は断固退ける。
ミッドウェーで空母四隻を撃沈したものの、未だ太平洋の海軍力では日本軍が圧倒的有利な1942年夏の段階でこの決断である。
歴史的結果を知った上の後知恵とはいえ、その確信に満ちたリーダーシップに唸らされる。

そう、この時点ではまだ日本軍優勢であった。
空母四隻を失い積極攻勢は難しくなったものの、零戦は制空権を維持していたし、多数の艦艇、歴戦のベテランパイロットも温存してある。
この米軍の拙速なる反攻を的確に把握し迎撃していれば、あるいは、この戦争の様相が少しは変わっていたかもしれない。
しかし、米軍の本格的反攻を昭和十八年以降と予測していた大本営は、このガ島侵攻を一局地戦と認識してしまう。
徒に小兵力を逐次投入し、各個撃破されるという目を覆いたくなるような戦術的ミスを繰り返し、貴重な戦力を磨り潰す代わりに、米軍将兵には経験と自信を、戦略的にはアメリカの戦時経済がフル回転するまでの時間的余裕をプレゼントするという有様。

太平洋戦争に於いて、この「ガダルカナルの戦い」こそが天地人、日本軍が得られる最後の天の時であった。
しかして地の利は?
南太平洋に於ける海軍の一大拠点ラバウル基地は、ガダルカナル島からおよそ千キロ、この距離がパイロットに無理な長時間飛行を強い、消耗させることになる。
いつ敵機と遭遇するかと神経を磨り減らしながらの片道数時間の飛行、ガ島上空の滞空時間は僅か数十分、これでは如何に名機零戦を駆るベテランパイロットといえども、空戦に勝つのは至難の業である。
翻って米軍はガ島を占領しているので、たとえ撃墜されたとしても生き残る可能性が高い。
加えて周辺海域には潜水艦を遊弋させ、パイロット救助にあたらせていた。
操縦席周辺と燃料タンクには堅固な防弾装備が施され、防御を軽視し、一撃で火を噴く日本機とは雲泥の差である。

航空機のパイロットは、あらゆる兵科の中でも最も育成に時間とコストを要し、その熟練度が戦果に直結しているのである。
米軍はこの大原則を大いに尊重した。
撃墜されても生き残ったパイロットは貴重な経験を有し、次に操縦桿を握るときには何倍も成長していた。
そうして、休暇も搭乗割りのローテーションもなく、酷使され続け疲弊しきった日本軍パイロットを徐々に凌駕していくことになる。
この貴重な人的資源を使い捨てるという悪癖は、現代の日本社会にも脈々と受け継がれているのではないか。
ブッラク企業や過労死といった話題を目にする度、過去の教訓から何も学んでないではないかという憤りを覚える。
日本社会は、物言わず現場で黙々と頑張る人間に冷淡だ。
対して米国社会は、常に自己主張し、批判や衝突を躊躇わない文化ではなかろうか。
この両国民の相反する気質が、端的に凝縮し露出したのも「ガダルカナルの戦い」の特徴であると言える。
無能な指揮官や不具合が頻発する兵器は、徹底的に現場からの突き上げにあい、更迭なり技術者による改善等、早急な対応策が施される米軍に対し、失敗から何も学ばず、ひたすら精神論に凝り固まる日本軍。どちらが有能な組織かは語るまでもない。

これに加え陸海軍の不和。勿論米軍内にも陸海軍、並びに海兵隊における軍種間の軋轢はあった。
しかし指揮官同士が必死に意思の疎通を図り、話し合いを重ね、コミュニケーションを取り、作戦が円滑に進行するよう努力している。
我が陸海軍には、この軍種間を摺り合わせるシステムも、指揮官同士の配慮も殆ど存在しない。
かくして人の和も及ばず。
天地人、全ての要素が欠け、多数の艦船・航空機、ベテランパイロットを失い、半年間に渡る激烈な消耗戦は幕を閉じる。
この間米国は、戦時経済を総動員し、圧倒的物量を太平洋へ押し出すことになる。

上巻はまだしも下巻はもう手も足も出ない状態。
戦えば敵の数倍の損害を出して完敗。
新型の艦載機を満載した高速空母機動部隊が、西太平洋全域に膨らんだ日本軍の薄い防衛線をどこでも、絶好なタイミングで叩くことが可能になった昭和十八年中盤以降はもう日本海軍に見せ場はない。
島嶼戦で、死守を命じられた守備隊が死に物狂いの激闘で、米上陸部隊を苦戦させるのが精一杯の状況。
制空・制海権共に米軍が完全に確保している以上、勝敗は最初から確定している。

次々と太平洋の島々を占領しながら、日本本土に迫る米軍。
どこかで決戦を挑み、敵の侵攻を食い止めなければならない。
サイパン島
この日本からも近いマリンリゾートの美しい島が、下巻の決戦の舞台となる。
この島を占領されれば、超大型爆撃機B-29」の航続範囲に日本列島がすっぽり覆われることになる。
絶対国防圏の要衝として、何としても死守しなければならない。
1944年6月、新型空母を基幹とする大艦隊に護衛され、米軍の攻略部隊が現れる。
迎え撃つは小沢治三郎中将麾下の第一機動艦隊、ミッドウェイの大敗から二年、営々と再建してきた虎の子の機動部隊である。
旗艦の新造空母「大鳳」を初め、艦載機は旧型から新鋭機に切り替えられていた。
この新鋭機群は、米軍機のそれよりも航続距離が長い。
この長所をもって、米艦隊の反撃が届かない位置から攻撃隊を発艦させ、こちら側が一方的に敵を叩く所謂「アウトレンジ戦法」を仕掛ける。
しかし新鋭機を華麗に操るベテランの姿は無く、操縦桿を握るのは燃料不足でまともに訓練も出来ていない新米パイロットばかりであった。

皮肉なものである。
ガダルカナルの頃は、劣った戦術を兵の練度で補っていた。
戦術に磨きを掛け、高性能の新兵器を配備しても、今度はそれを活かす精兵がいない。
対し、米軍は戦術、兵器の質・量、兵の練度、情報、あらゆる要素で日本軍を完全に上回った状態、万全の態勢を整えてのサイパン攻略作戦の発動である。
戦時経済がフル回転している現状下に於いてはもう、ガダルカナル戦時の一か八か博打の様な反攻作戦など無用。
圧倒的物量を全面に展開し、力押しすれば負けることはない。
米軍からすれば勝つのは当たり前、如何に早く作戦目標を達成し、そして損害を最小限に食い止められるかの戦いなのである。

いち早く敵を発見し、先手を打った小沢艦隊の「アウトレンジ戦法」は、成功するかに見えた。
しかし、米艦隊に装備された最新式のレーダーが大編隊を補足、戦闘機を発艦させ、有利なポジションから悠々と攻撃隊を待ち構えていた。
パイロットの技量に数段の差がある以上、「マリアナ七面鳥撃ち」とも揶揄される一方的な空中戦の末、殆どが撃墜される。
何とか空中戦を生き残った攻撃隊も、新型の「近接信管」を使用した猛烈な対空砲火に阻まれ、戦果は艦艇数隻を小破させるに留まる。
「アウトレンジ戦法」失敗後、艦載機を失った小沢艦隊は米軍の反撃に抗しきれず壊滅、世界海戦史上希に見る大敗北となった。
事ここに至って、最早、付け焼き刃の戦術など全く通用しない。
天地人も戦術も兵法もあったものではない。如何に名将が采配を振るおうが、圧倒的物量と最新の科学技術力の前では無力である。
この「マリアナ沖海戦」の大敗北により、救援を絶たれたサイパン島は陥落する。
ここに太平洋戦争の敗北がほぼ確定した。
しかしこれ以降、一年間も絶望的な戦いは継続されるのである。
今後日本は、勝利という当たり前の目標を失った戦いの無謀さをより曝け出し、戦争は更に陰惨さを増していく。

次巻で遂にこの三部作も完結となる。
表題は「神々の黄昏」、刊行は2018年とのこと(現時点で未だ刊行なし、イアン先生完結巻、首を長くしてお待ち申し上げております!)
著者のイアン・トール氏が、最激戦地の硫黄島や沖縄、そして特攻隊を如何に著述するのか?
たとえ陰鬱な読書になることは判っていても、今から待ち遠しい。

追記
歴史的事実且つ既知の内容故、どうしても新しく知る事柄に乏しく、感想があらすじを辿るような内容になってしまった。
そんな中唯一、不知案内だったのが、「豪州における基地問題」である。
戦場が南太平洋に移った際、近距離の連合国である豪州とニュージーランドに、多数の米軍関係者が駐留することになり、地元住民との軋轢や治安の悪化が問題となる。
まさに今現在の沖縄と同じ状況ではないか。
この部分は、大変興味深く読ませていたただいた。


続・長文通読感謝
★★★☆☆