昭和の重力に魂を引かれた漢

小説の感想文、たまぁ~~に雑記

○○○とは何者だったのか? 『黒南風の海「文禄・慶長の役」異聞』

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伊東潤

 

文禄・慶長の役」異聞
この題名を認識した直後には、もう手に取っていた。
そして手に取った数秒後には、相反する二つの感情が沸沸と湧き上がってきていた。
期待と不安である。

『武田家滅亡』では、相当楽しませて頂いた。

ryodanchoo.hatenablog.com今回この「文禄・慶長の役」を如何に描いているのか?あの活写に再び相見えるかという高揚感。
微妙な問題を含む題材だからこその歴史認識、資料の選定・解釈の中立公正性への懸念。
そういった気持ちが綯交ぜになりながら表紙を捲る。

、、、気付いた時にはもう、釜山の戦場に放り込まれていた。
立ち上る黒煙と鼻をつく異臭、ぬめる様な血の感触。
あまりの生々しい描写に序盤から圧倒される。
『武田家滅亡』で滅びゆく武田家を目の当たりにしたが、凄惨な戦ではあっても、そこには滅びの美学、ある種の清々しさといったものが感じられた。
翻って今作、徹底的に戦争の醜さ惨さをこれでもかと全面に押し出してくる。
これが、対外侵略戦争を描くということなのか。

主人公は二人。
清正配下の鉄砲隊長、佐屋嘉兵衛忠善。
冷静沈着、物腰柔らかな好青年。
─南無妙法蓮華経。題目を唱えながら狙撃を百発百中させる様は痺れるほどの格好良さ。
もう一人は朝鮮国の勘定方、良甫鑑(リヤンポカム)通称金宦。
ひたすら国と民を想う熱き男。やや直情径行ではあるが、非常に好感を抱くキャラクター設定。

しかし。
感情移入出来ない。
嘉兵衛には読書開始直後からボンヤリとした違和感を抱いていた。
何と言えばいいのか。
まるで平成の良識人が戦国にタイムスリップしてきたかのような。
終始敬語口調なのも引っ掛かる。
一方の金宦は、やはり敵方というのが、、、

そして中盤、この嘉兵衛に劇的な境遇の変化が起こるわけだが、これを読者諸氏がどう受け止めるかで今作の評価が大きく分かれることになる。
>嘉兵衛はここのところ、雪乃と千寿のことを思い出す機会が、とみに減ってきていることに気づいていた。
この記述を以って、私と嘉兵衛の乖離は決定的となった。
そして晋州城とラストでの決別。
一度ならず二度までも。何故?何故そうなる??

○○○とは何者だったのか?
が、テーマになっている以上、当然の展開なのだが、どうしてもしっくりこない。
私の方が平成の価値観で、嘉兵衛の生き様を判断してしまっているのだろうか?

主人公に感情移入出来ず、物語の道標を見失いかけつつあったが、要所要所で作品に引き戻してくれたのが誰あろう加藤清正その人である。
強く、厳しく、不器用で情に厚い。部下を労り自ら先頭に立ち、責任を全うする。
まさに男が惚れる男。理想の上司の究極形といってもいいだろう。
バリバリの文治派、三成LOVEの俺でさえ骨抜き状態w
キャラメイクの王道、ベタの威力を改めて実感する。
当然歴史上の人物なので雛型はある。
しかし史実と史実、エピソードとエピソードの間を埋めて、キャラに肉付けするのは作家さんの力量。
いや~~良く解ってらっしゃる、ツボがw

そしてその清正に対比する形で描かれているのが小西行長
こちらは読者の嫌悪感を一身に背負う役回り。
心配していた日朝間の歴史認識のバランスは、非常に気を配った記述で大いに納得していただけに、この行長に対するあまりの書かれようにはいささか驚いた。
正直、行長には悪いイメージを持っていなかったので、改めて資料を漁ってみようと思い、取り敢えず学研の歴史群像シリーズを本棚の奥から引っ張り出す。
おッ!【参考文献】に載ってますね。

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、、、改めて読み返してみると結構偏りがあるような。
少なくとも日本の学者には、「壬辰倭乱」と呼称してほしくない。
おっと、これはまた別の話。

純粋な小説の面白さとは別に、歴史認識や様々な思想信条が絡み合い中々正当な評価がしづらい。
>もはや生まれた国などどうでもよい。一度、この大地に生を享けた者は、この大地に恩返しすればよいのだ――。
私如きがこの境地に至るには、まだまだ時が掛かりそうである。


逃げの
★★★☆☆