昭和の重力に魂を引かれた漢

小説の感想文、たまぁ~~に雑記

信玄公にこそ読んでいただきたい『武田家滅亡』

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伊東潤

 

本文二段書きの四百項超ッ大長編です。

内容はまあ、題名の通り。
っつーわけで、戦国興味無い人ゴメンちゃい。
長篠でボコられた後、継室桂(かつら)の輿入れから、天目山で勝頼が自害(討死)するまで。

天正五年(1577年)~天正十年(1582年)までの五年間、舞台はほぼ甲信地方。
これほどの限定時空間でありながらも、相当濃密な展開を見せる。
これが戦国のポテンシャル。
どこを切り取っても面白い。
伊達に日本史で一番人気がある時代じゃないぜ。
長篠の鉄砲三段撃ちの後は、ドラマとかでもあんま取り上げられないもんね武田家。
戦国中級者を自認してる俺も、武田の最後はボンヤリなんで良い機会だと思って。

偉大なる父信玄の後を継ぎ、武田家当主となった勝頼。
膨張する織田・徳川、自分を認めない宿老、上杉・北条との駆け引き。
あまりに大き過ぎた信玄の影に苦しむ勝頼を軸に、武田家の様々な階層からの視点で滅亡までのカウントダウンが綴られていく。

継室桂の家族愛、夫婦愛パート。
少女から凛とした強さを持つ武人の妻へ。
秘めた恋と勝頼への愛。何としても民と国を守らんとするその心。
泣かせる。

家老長坂釣閑(ながさかちょうかん)の政治劇パート。
武田家内部の派閥争い、暗闘。
悪役ではあるが、読者に嫌悪感を抱かせるだけのキャラクターではない。
釣閑には釣閑の理がある。
歴史モノで善悪をハッキリ定義するやり方は好きではないので、こういうキャラ設定は非常に好感を持った。

家臣小宮山内膳(こみやまないぜん)、辻弥兵衛(つじやへえ)の外交工作パート。
秘密連絡、情報収集・工作、裏切りと忠節。
釣閑のライバル、宿老春日虎綱(かすがとらつな)の薫陶を受けた若侍。
釣閑の奸計に掛かり武田家を放逐される二人。
各々それぞれの道を歩むことになる。
友情と憤怒、待ちうける過酷な運命。フィクションの部分が一番多いパートであるが、それだけに劇的な展開を魅せる。

信濃先方衆片切監物(かたきりけんもつ)、宮下帯刀(みやしたたてわき)アクションパート。
信玄の代に征服された信濃(長野県)の農民。戦時には雑兵として徴集される。
一兵卒視点からの戦。
織田・徳川の圧倒的兵力が怒涛の如く襲い来る絶望的な戦いの中、繰り広げられる智謀と武勇。そして胸のすくような功名ッ
飄々としながらその実、相当のクワセモノという監物、よそ者でありながら最後には忠義を貫く帯刀、その息子四郎左(しろうざ)。
いや~~いいわ、大好きこの手のキャラ♪
こっちのがフィクション多いか。雑兵だもんね、資料も少なそうだし。
でも実在の人物なのはホントみたい。

主人公勝頼とこれらの主要四パートが複雑に絡み合い、次々と視点を交代しながら破滅へと向かっていく。
そしてこれに他国各勢力の武将、僧侶、侍女、商人に至るまで。
台詞がある登場人物だけでも膨大。
俺でさえ、半分くらいしか解らねぇ。読後にwikiでお勉強です。
っつーわけで、読者を選ぶが、戦国に興味ある人には是非薦めたい。

それにしても、これ程までに武田が悲惨に滅んだとは。
味方の相次ぐ様子見、離反、裏切り。
戦国最強を誇った武田軍が、まともに戦うこともなく崩壊していく。
読者の誰もが勝頼に同情を禁じ得ないのではないか。
勝頼は決して愚鈍な将ではない。しかし信玄・謙信亡き後、昇竜の如き信長の天下布武を押し止めることは誰にも出来ないのであろうか。
最早これは時代の流れ、名門武田もこの激流から逃れる術はなかった。

武田家滅亡、信長における人生の頂点。
僅か三カ月後、その信長もまた激流に呑み込まれることとなる。
なんという歴史の皮肉。

 

伊東先生、作家名で初のカテゴリー入りです。
★★★★☆