昭和の重力に魂を引かれた漢

小説の感想文、たまぁ~~に雑記

葉真中版 ゴールデンカムイ 『凍てつく太陽』

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葉真中顕著

 

当ブログエース、「魂の抉り屋」葉真中先生の御登場です。

『絶叫』では、堕ちていく一人の女性を通して人生の意味、本当の幸せを問いかけ、

ryodanchoo.hatenablog.com『ブラック・ドッグ』では、食物連鎖の頂点に傲慢に君臨する人間たちへ生命倫理を叩き付け、

ryodanchoo.hatenablog.com『ロスト・ケア』では、崩壊する介護現場を生々しく描き出し、決して避けられない今そこにある問題を強烈に認識させてくれました。

ryodanchoo.hatenablog.comさて、今回はどんなテーマで読者の魂を抉ってくれるのでしょうか。

 

終戦間際の北海道で連続毒殺事件が発生。

事件を巡り対立を深める特高警察と陸軍。

軍事機密の背後に蠢く巨大な策謀。

アイヌ系の特高刑事「日崎」が目の当たりにした戦争、国家、民族とは、、、

 

「国家と民族」、ハイ、超ヘビー級テーマ来ました。
葉真中先生、ここは右も左も地雷だらけですけど大丈夫ですか?
主人公はアイヌの血を引く特高刑事「日崎八尋」
アイヌ系で特高、さらに殺人事件の被害者が朝鮮半島出身の陸軍将校と労働者というこれでもかッ!ってぐらいに超センシティブな設定。
ポリコレ全盛のこの御時世、地雷原を目隠しで突っ走るその心意気、誠に感じ入った次第。

「国家と民族」って、思想信条に直結してるじゃないですか。
悲しい哉、その両極に居座る人たちが解り合うことってほぼ不可能ですよね。
非常に繊細なテーマですから、どう描こうとも必ずどこからかは批判があるでしょうに、それをものともしないこの奇跡の様なバランス感覚。
正直、文芸界・作家さんってリベラル寄りでしょっていう偏見があるんですよ、俺の中で。
またぞろ、現代の価値観で道徳的高所から一方的に戦中の日本を糾弾する内容だろうと誤解してました。
勿論、過去の歴史を美化しようなんて意図は毛頭ありません。
反省すべきは反省し、きちんと侵略行為や蛮行に向き合うべきです。
只、偏った歴史認識で当時の日本を全否定されるのは我慢ならない。
国家が人間の集合体である以上、当然善人も悪人もいたでしょう。
大日本帝国にも善悪の両面があったはずです。
丹念に掬い取った真実のみで過去を見て欲しい、それだけ。

俺も当時を経験してるわけじゃないんで、断言は出来ませんが。
でも多分、こんな感じだっただろうなと思わせる十分なリアリティ、説得力があります。
善悪、美醜、差別、絆、希望と絶望、憎しみ合った過去、そして未来。
全てが今作の中に。


▼△▼ネタバレ注意△▼△

今までの恩讐を乗り越え、日崎とヨンチュンが三影の妻子を助けに行くラストーシーン。

▼△▼ネタバレ注意△▼△


これ、これ、これなんですよ。
戦後日本の焼け野原に踏み出したその一歩こそが未来なんです。
嗚呼、現実もこうはならないもんでしょうか。
過去に縛られるあまり、未来の可能性を閉ざしてしまうなんて虚し過ぎる。
こんな言い方をしては身も蓋もありませんが、加害者を本気で糾弾出来るのも、それを受けて真の贖罪が出来るのも歴史の当事者だけだと思います。
祖父たちが憎しみ合っていたからって、我々も憎しみ会うのか。
憎しみが生むのは新たな憎しみだけです。
どこかでこれを断ち切らなければならない。
憎しみを断ち切ること、過去のしがらみから解放されることの素晴らしさをこの作品は伝えてくれています。

美化でも自虐でもない、真実の過去と真摯に向き合うことこそが明るい未来に繋がっていると信じたい。
敗戦で何もかも失った祖国、その焼け野原に立ち尽くし、大日本帝国に思いを馳せる日崎の姿は本当に胸に沁みました。
自らを愛せない者が他人を愛せますか、祖国を誇れない人間が他国を尊重できますか。

、、、、、、。

アイヌ朝鮮半島出身の方々が今作を読んだらどんな感想になるんでしょうか。
所詮加害者側からの視点なんでしょうか。
作中あるキャラクターが放つ、「国なんて服みたいなもんだ」みたいな台詞があるんですよ。
気に入ってるなら着続ければいいし、気にくわないなら着替えればいいと。
“ハッ”とさせられましたね。
何だかんだ、国とか日本人とかの括りに縛られているのは己自身なのかも。
そうなんですよ、国家も国籍も民族も、人が幸せになる為の枠組みに過ぎない。
国家が個人の幸せの上位に君臨していては、それこそ本末転倒。
うん解っちゃいるけど、それでもやっぱり日本が好きなんです、だって日本人だもの。
服のように気分で着替える境地には悔しい哉、未だ至らずです。

あ~~疲れた。
地雷踏まねぇように気遣って書いてたら、疲れるっつーのッ!
ハイ、「キング オブ センシティブ テーマ・国家と民族」については以上。
では軽めの感想入りまぁ~~す。

『ロスト・ケア』のときと同じ、ミステリー部分がヌルい。
エンタメ要素でベタベタにコーティングしてあります。
お陰様でこの超ヘビー級テーマ&五百項超の大長編もサクッと読了。
う~~ん、ここいら辺のバランスなんですよね。
重厚なテーマと軽快なエンタメ要素のバランス。
あんだけ重いと先述しときながら、もうちょい重厚寄りがいいかな?と。
っつーか、これ以上踏み込めないとエンタメに逃げてる(言い方悪くてスイマセン)感じがします。
当然メリットもあります、読み易いだけじゃなく面白い。
戦局を回天させる新兵器とか、特高 vs. 憲兵の戦中嫌われ者頂上決定戦とか、作中に散りばめられたアイヌの風習とか。
ワクワク成分を盛れば盛るほど、本来のテーマである「国家と民族」がオブラートに包まれていくというか。
そしてまたもやお得意の○○トリック炸裂ッ!!
葉真中作品四作読んで、うち三作が○○トリックっつーね、いくら何でも多用し過ぎでしょ。
トリックが明かされて、成る程そういうことだったのかッ!じゃなくて、ああまたコレかって思っちゃいましたもん。これはヤバいでしょ。

砂糖とミルクはもう卒業、次はブラックで。
先生ほどのバリスタなら、豆本来の味だけで十分勝負出来ますって。
っつーわけで、将来的にはエンタメ要素を極限までそぎ落とした、読むほどに気が滅入るような重過ぎる作品ともがっぷり四つで組んでみたいですね。

しかし葉真中先生もすっかりエースですな。
何を読んでも、絶対外れないっていう安心感あるもん。
今回新たに、その絶妙なバランス感覚を体感出来たのも素晴らしい経験になりました。
重厚さとエンタメは勿論、歴史認識や思想信条についても。
そうなんです。
どんなに面白かろうが、上から目線で作者の価値観を押し付けられたら興醒めもいいとこ。
ホラ時折、 Twitter とかワイドショーで、我こそは正義也と吠えまくってる作家さんお見掛けしますけど、あれほど読書意欲を殺ぐものはありませんぜ。

あ~~あ、また余計なことを、、、(哀)


葉真中版 ゴールデンカムイ
★★★☆☆