昭和の重力に魂を引かれた漢

小説の感想文、たまぁ~~に雑記

織田軍の圧倒的物量作戦『滅びの将-信長に敗れた男たち』

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羽山信樹著

 

副題の通り、信長に敗れた男たちの短編連作。
別所長治、荒木村重吉川経家松永久秀清水宗治の五人。
一見するに中国戦線偏重の印象。信長に敗れたといえば通常、浅井、朝倉、武田辺りがいの一番に思い浮かぶところ。
勿論羽山先生に限って洩れはなし、別作『是非に及ばず』にて言及されている由。当然所蔵しているので、いずれ此処でも拙い書評を公開することになるであろう。

さて「滅びの将」であるが、戦国にあまり興味のない方からすればマイナー感は否めないと思われる。
しかしこの五人、それぞれ壮絶な逸話を有している。

別所長治・・・三木の干殺し
荒木村重・・・籠城から逃亡
吉川経家・・・鳥取の飢え殺し
松永久秀・・・日本史上初の爆死
清水宗治・・・高松城水攻め

流石は当ブログNo.1作家羽山信樹御大、全話見所満載であったが、中でも私の心を強く揺さぶったのは第三話、「ものがたり、御ききあるべく候」の吉川経家である。

鳥取の飢え殺し」、「三木の干殺し」と共に織田軍の中国方面司令官羽柴秀吉が実施した大規模な兵糧攻めである。
用意周到な秀吉の戦略(戦端を開く前に米相場を吊り上げ備蓄米を放出させる等)に唸り、飢餓地獄に陥る城内の描写に息を呑んだ。
圧倒的物量で迫る織田軍に対し、補給線を絶たれ前線に孤立する毛利勢。
先の凄惨な飢餓描写も伴って、どうしても七十年前に絶海の孤島で対峙した日米両軍に重なって見えてしまい籠城する毛利勢に感情移入してしまう。

降伏を拒み、勝ち目のない戦いを意地だけで継続する。およそ現代の価値観からすれば滑稽ですらある。
しかし、武士の矜持を貫くこの生き様にこそ私は惹かれる。
美しい生き様、潔い死に際、恥を怖れ名を惜しむ、武士道精神。
平和、人権、命の大切さを高々と謳いあげる今日においては陳腐ささえ漂う。だがたとえ旧時代の遺物と嘲られようとも、そこに美意識を見出している自分がいる。

本書巻尾解説にて作家岡本好古氏が、先の様な感想を戦時中の軍国主義と重ね合わせ、時の為政者に利用される危険性について警鐘を鳴らしておられた。
我が大和民族が散華の衝動や思想の血を宿命としてもっていることに改めて戦慄を覚える。
仰せ御尤も。しかし、美しいものは美しいし、どうしても惹かれてしまうものは惹かれてしまうのである。
努力や根性、為せば成るといった日本古来の精神傾倒文化に少なからず嫌悪感を抱いている私でさえである。

散華の衝動や思想の血なのか、はたまた武士道精神なのか定義は出来ないが、そういったDNAを我々日本人が深層心理の奥底に刻み込んでいるということには全く持って同意である。
これは我が国民性の肯定ではない、勿論否定でもない。
上記の様な精神性を有するのは、日本人にとって大いなる長所でもあり、同時に致命的な欠点でもあるということ、それは歴史を振り返れば明らかであり、ここではその事実を本書の感想に添えているにすぎない。
ただ均衡の問題。あまりにも現代の価値観を絶対視するが故に、古来の精神性が軽視されていないかということ。

心の荒廃が叫ばれる今だからこそ、戦場という命が軽い極限状態にあって必死にその生命を輝かせんと藻掻く様に、ひたすら毛利本家の援軍を信じ泥水を啜り、木の根草の葉畳壁土を喰らおうとも、己を律し配下を鼓舞し続け最後は敗軍の将としての責任を果たす。吉川経家のその姿、その生き様はかくも美しく、読者(日本人)は魅了されるのだ。
経家にとっては全身全霊を傾けた戦いであっても、織田にとっては数ある戦線の中の一局地戦でしかないという戦国の非情さ、天晴なる奮戦敢闘にも関わらず後世にその名を留めている者が殆どいないという儚さも涙を誘う。
これ程の男が無為に死なねばならんのか。戦の虚しさよ。

だからこそ第二話「我やさき、人やさき」の荒木村重の異彩さが際立つ。
一族郎党、家臣を城に置き去り単身脱出、ひたすら逃げ回り細々と天寿を全うする。
吉川経家初め、武士の生き様に心打たれた読者ならば目を覆いたくなるほどの無様さだが、羽山先生の巧みな筆さばき故か存外嫌悪感が湧いてこない。
裏切り者、卑怯者、薄情者。あらゆる誹謗中傷、罵詈雑言を浴び生き続ける。
それはある意味、死よりも辛いことであろう。
命が惜しい、己が一番大事、死にたくない生きたい!ひたすら体面に拘るかの時代にあってこの正直なる振る舞い、吉川経家とはまた違った強さが確かにある。

潔い死に際と無様な生き様。全く逆の人生を描きながら、等しく読者の感銘を呼び寄せる著者の筆力に改めて脱帽。
今回触れてないが、別所、松永、清水の話もそれぞれに趣向が凝らしてあり大変興味深く読み進めた。
昨今のライト層に媚びた時代小説と違い、文語文の引用や下記に抽出した通り難読漢字の頻出等、敷居の高い側面もあるが戦国時代に興味がある方には是非お薦めしたい。


勿論安定の
★★★★☆