昭和の重力に魂を引かれた漢

小説の感想文、たまぁ~~に雑記

胸が締め付けられます『アンチェルの蝶』

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遠田潤子著

 

場末の居酒屋主人藤太、漫然と灰色の日々を送る彼の元にある日、幼馴染みの娘が現われた。

うらぶれた中年男と小学生の女の子の奇妙な同居生活が始まった、、、

 

冴えない中年男のところに転がり込んできた女の子。
まあ、よくあるシチュエーションですな。
頑なに閉ざされた藤太の心の氷を、ほずみがゆっくりと溶かしていく。
そんなハートウォーミングなストーリーかと思いきや、、、

殺人、児童虐待、強姦、ストーカー、嫉妬の狂気と、読むほどに気が滅入る内容。
中年男と女の子のささやかな交流を、気恥ずかしく読んでる前半が華。
こんなに胸糞悪いエピソード群を無理矢理捩じ込まなにゃいかんかね?
やっぱ微笑ましい話だけじゃ、小説として弱いんでしょうか。

出自って、究極の運ゲーだよね。
貧富の格差、容姿の美醜、生まれる地域、親の性格・教育方針、、、
人は生まれながらに平等とは言うものの、どの親の子として生まれるかという本人の意思が全く関与しない最初の篩い分けで、人生のレールがある程度決まってしまうという残酷な現実。

ろくでもない親の元に生まれついてしまった、三人の幼馴染みの物語。
俺もねぇ、正直色々思うところあります。
ええ、勿論、感謝しなきゃならんのは解ってます。
先進国日本の平和な時代に、こうして五体満足で生まれつくことが出来たわけですから。
これだけでも全人類幸せランク、上位なのは間違いないところ。
でもね、幼少期の家庭環境を思い出すにやっぱ、何ともやりきれない気持ちになります。
主人公の藤太ほどではないにしろ、俺も相当殴られて育ちましたから。
当時の苦痛と恐怖と屈辱が、どれほど俺の性格形成上、影を落としているか。
父に対しては、今はもう何のわだかまりもありませんが、敬意や感謝といった子供が親に対して普通に抱く感情も、終ぞ感じることはありませんでした。
俺だって家族を愛し、家族に愛されて育ちたかった。

だから藤太の気持ちもよく解ります。
勿論、愛情の欠如が殺意にまで煮詰まるほど、最悪な環境ではなかったですが。
外道が地獄に堕ちるのはしょうがない、自業自得です。
しかし、偶然ろくでもない親の元に生まれたからといって、運命を好転させる機会も与えられぬまま、人生を諦めなければならないなんて。こんな理不尽が許されるのか?
神という存在があるのならば、一体何をしているのか?

藤太と秋雄といずみ。
酒とギャンブルに溺れた父親たち。殴られても、蔑まされても、小学生ながら懸命に生きようとするその様は、かくも読者の胸を打ちます。
ホント小説の中に入っていって助けてやりたいくらい。
結局は読者の願いも空しく、三人の幼馴染みたちは悲劇へと吸い寄せられていくわけですが。
子供にとって親ってのは、殆ど世界の全てですよ。
愛情を注ぎ、教育を施し、一人前の大人に育て上げる義務がある。
でもこれを全う出来ない親が、確実にこの世界に一定数存在するわけで。
そして子供は親を選べないと。

これを運ゲーと呼ばずして、何と呼ぶ?
かなり話は逸れて、変な感じになっちゃいますけど。
これが輪廻転生なり、前世の業で振り分けられてるならまだしも、ホントに只の運だけだったら?
美男美女の両親の元、経済的に裕福な家庭に生まれ、幸せが約束された赤ん坊と、アフリカの最貧国に生まれ、明日の食事もままならない赤ん坊。
この本人の意思や努力ではどうしようもない圧倒的格差は、一体全体いつどこで誰が決定づけているのか???
運。運だけで出自が決まっているとしたら、、、これほど恐ろしいことはないと思いませんか。

って、また本の感想じゃねぇーな。

取って付けたような最後の大どんでん返しも含め、ラストまで予断を許さぬ怒濤の展開。
派手な部分ばかり抽出してますが、日常描写も丁寧で良い感じ。
藤太が無理矢理話す標準語と、周りの関西弁との落差。
不器用な男の不器用な優しさ。
劣悪な環境の中、料理人やバレリーナに夢を馳せる藤太といずみ。
子供特有の純真な健気さに胸が締め付けられます。
これを応援するのが親の役目だろうがッ!
真面目に一生懸命生きてる人間が普通に幸せになれる世の中。
読了後の俺が今言えることは、「藤太とほずみには、幸せになってほしい」それだけです。


本当に伝えたい思いは、態度だけではなく言葉で
★★★☆☆