昭和の重力に魂を引かれた漢

小説の感想文、たまぁ~~に雑記

ま・さ・に、リメンバー『ウェルカム トゥ パールハーバー』

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西木正明著

 

日米開戦回避のため、アメリカに派遣された文書諜報のスペシャリスト「天城康介」と「江崎泰平」を軸に描かれる開戦秘話。

 小説なので、当然史実を元にしたフィクションということになろうが、本当の歴史も恐らくこの様な流れなのではと思わせるに充分なリアリティ。
作中、天城と江崎が対米開戦を阻止しようと懸命に工作活動を行おうとも、真珠湾奇襲は歴史的確定事項。
運命に必死に抗う登場人物たちが、最後には歴史の渦に呑み込まれるということを解っていながら読み進める読書というのは、何とも、、、

地獄への道は善意で舗装されている

昭和史は、あまりにもIFが多過ぎてホントに気が滅入ります。
嗚呼あの時ああしてれば、こういう選択肢もあったのにと。
兎に角、国策を誤り続け袋小路に迷い込んだ挙げ句のとどのつまりのどん詰まりが対米開戦なわけで。
身の丈に合わない対外膨張が招いた自業自得といえばそれまでですが、やらなくていい負け戦にホイホイ引きずり込まれた感は半端ない。
ココでも何度か述べてますが「情報に対する認識の甘さ」、この大和民族最大の弱点を克服しない限り、近い将来また日本に国難が降りかかるのではと心が安まりません。

ナチスドイツの猛攻に耐えるイギリスとソ連、日本に侵略されている中国。
何とかアメリカに助けて欲しい。
しかしアメリカの世論は参戦絶対反対。
そこで地球の裏側に目を付けるチャーチルルーズベルトナチスドイツの同盟国である日本を経済的に締め上げ暴発させ、最初の一発を撃たせる。
思惑は一致しながらも独自の諜報網で動くソ連、在米の親中派を総動員する中国。
泥沼化していた日中戦争で精一杯の日本は、緊迫する日米関係を打開すべく、工作活動によって急遽設定された正規ルートではない民間発の日米交渉に縋り付いてしまう。
窓口に宗教関係者を立て日本側を油断させ、緩い条件を提示しつつ、日本が交渉に乗り気になり梯子を登りきったタイミングで、いきなりハードルを引き上げるいやらしさ。
それにまんまと引っ掛かるお人好し日本。
誠実や正直という美徳が、こと外交の場では無能の代名詞になってしまう。
善意だけでは食い物にされてしまう国際社会のシビアな現実。
外交には、誠実さだけではなく強かさ、更に言えば狡猾さが絶対に必要なのだ。

「外交とは血の流れない戦争である」

国益のためならば出来ることは何でもやる。たとえその為に他国民がどうなろうと知ったことではない。
これほどの覚悟をもった政治家や外交官が今の日本にどれほどいるのか。
勿論国際協調は重要です。
皆が幸せになる、それに越したことはない。
しかし、国民の負託にこたえ国の舵取りを担っている以上、最終的に国際協調と国益が対立した場合、迷わず国益を取る信念はあるのかと問いたい。
その意味では今作における英国のチャーチル首相こそ、最も偉大な政治家と言えるだろう。
ナチスの脅威から自国を守るため、米国の若者と大日本帝国を容赦なく生け贄に差し出したのだから。

って、そんな簡単には飲み込めねぇッ!
真珠湾奇襲のニュースを聞いた対米開戦工作を指揮してきたイギリスのスパイが宣うわけですよ。
「リメンバーじゃない、ウェルカム トゥ パールハーバーだ」と。
オイオイオイ、嵌められた方はたまったもんじゃねぇっつーのッ!

まあね。連合国は勿論、当時日本が支配していた地域の方々から見ればまた全く違う視点になるとは思いますが、俺は日本人なんで。やっぱ日本人としての感情が一番初めに強く出てくるのは致し方ないところ。

しかし、歴史の皮肉というか何というか、、、
当時人類最大の脅威であったヒトラーの排除には成功したものの、もう一方の全体主義スターリンソ連という怪物を飼い慣らすのに失敗して、まさか戦後五十年間も冷戦で国力を磨り減らすことになろうとは。
イギリスはアジアにおける植民地を全て失い、アメリカは大日本帝国が担っていたアジアでの防共の役割を一身にに背負い込むこととなり、朝鮮・ベトナムで自国の若者に血を流させるはめに。
一方日本は敗戦という問答無用の外圧により軍国主義から脱却、国防という厄介事をアメリカに押し付け、経済成長に一意邁進、あれよあれよという間に世界第二位の経済大国へ。
果たして日米戦は歴史の必然だったのか?
対米開戦工作を主導していた皆さんに、戦後史について是非とも一説伺いたいもんです。

さて陰謀論に対するモヤモヤはこれぐらいにして、感想をば。
主人公の天城と江崎、文諜のスペシャリストとしてニューヨークに潜入、情報収集に当たるわけですが、もっとアメリカの世論に工作してほしかった。
他国の戦争に巻き込まれるな!という世論が圧倒的だったわけですから、ここを徹底的に突けば違う展開になったのでは?(日米開戦は史実なんで覆しようがないにしても)

江崎の嫁を上司の天城が寝取る展開いるか?
対米戦絶対回避という重要な任務の合間にちらつく男の嫉妬がウザい。
あと世界一の大都会ニューヨークに度肝を抜かれる描写も興味深い。
例えば、スーパーマーケットという当時世界初の業態から日米の国力差を暗示するエピソード。
入り口で籠を取り、豊富に陳列されている商品を選び、レジで一括会計。
このシステムを生み出したアメリカ人の発想力、それをチェーン展開出来るアメリカ市民の購買力、それから推し量れるアメリカという国の膨大な経済力、そしてその経済に支えられた圧倒的軍事力。
この描写は読んでて唸りましたね。こりゃ勝てんわつって。

日本自らのわきの甘さを忘れるなという意味を込めてリメンバーパールハーバーという感想がアマゾンにありましたが、まさしくその通り。
そんなわけで、上下巻千項超の大作でしたがサクッと読了。
感想文つっかえてたから、わざわざ分厚いの選んだのに、、、


「ウェルカムじゃない、リメンバーパールハーバーだ」
★★★☆☆