昭和の重力に魂を引かれた漢

小説の感想文、たまぁ~~に雑記

飽食の果てに『震える牛』

f:id:ryodanchoo:20200705155606j:plain

相場英雄著

 

二年前中野で発生した強盗殺人事件の継続捜査を担当することになった捜査一課継続捜査班のベテラン刑事、田川信一。
初動捜査では外国人犯罪との見立てだったが、田川の地道な捜査により事件の本質、流通・小売業界の闇が徐々に明らかになっていく。

久々の社会派。
タイトルからも解る通り、テーマは「狂牛病
それに絡み、現代日本の社会問題がふんだんに盛り込まれる。
食品偽装、地方の疲弊、企業の隠蔽体質等、震災後の閉塞感漂う雰囲気を背景に圧倒的リアリティで読者に迫り、読んでいて気が滅入る程。

社会派系毎度の感想だが、続きが気になって項を捲る手が止まらないという面白さとは全く違う、じっくりと咀嚼させる作品。
数少ない証言からヒントを掘り起こし、一つづつ真実に近付いていく田川の捜査方法に魅せられる。
不器用で華はないが実直で誠実なオッサンキャラ、中々の俺好み。
その田川が真実にたどり着いた時、この事件はどう解決するのか。
全編リアル路線を貫いてくれて、大いに納得。
しかし最後の最後で非情に徹しきれないのは、相場先生の優しさかそれとも甘さか。
フィクションとはいえ、善良な人間が不当な暴力に屈する様を見るのは非常に胸が痛む。
理想論や綺麗事だけでは人は動かんし、世の中は回らない。
正義を行うには、悪を退ける“力”が必要なのだ。

もう一つの核、食の問題。
デフレ下の近年、安さや便利さを追求するあまり日本人は食の本質を見失っているように思える。企業側も商売である以上、消費者のニーズに応えざるを得ない。
粗悪な材料でひたすら利益率のみを重視し、工業製品のように作られた食品に文化が宿るはずもなし。
改めて我々消費者も、良いものに対しては正当な対価を払うという当たり前の価値観を、認識し直さなければならないのではないか。

最後に本作中、非情に琴線に触れた一節を引用したい。
この作品の主張を見事に言い表している。

『二十一世紀の特徴は行き過ぎた企業権力をそぐための闘いになるだろう。極限にまで推し進められた自由市場主義は、おそろしく偏狭で、近視眼的で、破壊的だ。より人間的な思想に、取って代わられる必要がある。』


舞台のSCがまんまイ○ンなんですけど、大丈夫すか?
★★★★☆