昭和の重力に魂を引かれた漢

小説の感想文、たまぁ~~に雑記

小笠原るるぶ『人生教習所』

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垣根涼介

 

キャッチーなタイトルに、この表紙の写真。くぅ~~高まる♪


「人間再生セミナー 小笠原塾」

謎の募集広告で小笠原に集まった無気力な東大生、すぐカッとなる元ヤクザ、気が弱い女性フリーライター、その他セミナー参加者たち。

小笠原の大自然の中、一癖あるカリキュラムをこなしていくうち、彼らの塞いでいた心に少しずつ変化が生じ始める。

 

基本的に何にも起きない。
殺人事件も異世界召喚も何も。
日常。
普通のことを丹念に描くだけで、こんなに読ませる小説書けるんだと感心しきり。

無気力・短気・小心と、三人の主人公たちそれぞれが、俺に似てる短所を抱えていて親近感増々。
小笠原の大自然と、そこに暮らす人々の生活に触れ、徐々に心を開いていく我らが三人組。
俺も物語の進行と共に、まるでこの「人間再生セミナー 小笠原塾」に参加しているかの様な、心地良いトリップ感に浸って読書させてもらいました。

兎に角、舞台の小笠原が魅力満点。
先ず江戸末期に捕鯨関係の米国人が住み着き、その後明治政府の政策で日本人が植民、さらに敗戦で、米軍統治後の日本領復帰とまさに激動の歴史。
この複雑な歴史を背景とした、日米文化の摩擦と融合。
そしてそれらを優しく包み込む亜熱帯の大自然
こんなトコが東京にッ!ってね。

特に注目したのが、本土から流入してくる新島民によって変容していく島の文化形態。
観光業に従事する若者たち。そのまま移住する者もあれば、一定期間出稼ぎしてまた本土に帰る者もいる。
島内住民の一定数が常に流動的に入れ替わることによって、田舎でありながら他者に過度に干渉しない都会的なコミュニティが形成されているという状況を大変興味深く読ませていただきました。
「去る者は追わず来る者は拒まず」という居心地の良さと、何故かここがホームにはなりきれないという漠然とした根無し草感。

爽やかな雰囲気の中に漂う一抹の寂しさ。
小笠原塾の参加者は勿論、読者もそのことを微妙に感じ取り、全編何とも言えない感傷に浸ることになるんじゃないでしょうか。
冒頭にも述べましたが、事件などが何にも起こってないのに、ここまで気持ちを引っ張れるんだと改めて感心。

小説だからって、杓子定規に起承転結しなくていいんだなって。
物語だからって、無理矢理面白い話にしなくってもいいんだなって。
たまにはこういう、ゆったりのんびりした作品もいいもんです。

「もう二度とここに来ることはないんだろうな」

何っつー切ねぇ台詞吐かせやがる、、、
矛盾してっけど、静かに穏やかに万感胸に迫るって感じ。


小笠原行ってみたくなります
★★★☆☆