昭和の重力に魂を引かれた漢

小説の感想文、たまぁ~~に雑記

○○○とは何者だったのか? 『黒南風の海「文禄・慶長の役」異聞』

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伊東潤

 

文禄・慶長の役」異聞
この題名を認識した直後には、もう手に取っていた。
そして手に取った数秒後には、相反する二つの感情が沸沸と湧き上がってきていた。
期待と不安である。

『武田家滅亡』では、相当楽しませて頂いた。

ryodanchoo.hatenablog.com今回この「文禄・慶長の役」を如何に描いているのか?あの活写に再び相見えるかという高揚感。
微妙な問題を含む題材だからこその歴史認識、資料の選定・解釈の中立公正性への懸念。
そういった気持ちが綯交ぜになりながら表紙を捲る。

、、、気付いた時にはもう、釜山の戦場に放り込まれていた。
立ち上る黒煙と鼻をつく異臭、ぬめる様な血の感触。
あまりの生々しい描写に序盤から圧倒される。
『武田家滅亡』で滅びゆく武田家を目の当たりにしたが、凄惨な戦ではあっても、そこには滅びの美学、ある種の清々しさといったものが感じられた。
翻って今作、徹底的に戦争の醜さ惨さをこれでもかと全面に押し出してくる。
これが、対外侵略戦争を描くということなのか。

主人公は二人。
清正配下の鉄砲隊長、佐屋嘉兵衛忠善。
冷静沈着、物腰柔らかな好青年。
─南無妙法蓮華経。題目を唱えながら狙撃を百発百中させる様は痺れるほどの格好良さ。
もう一人は朝鮮国の勘定方、良甫鑑(リヤンポカム)通称金宦。
ひたすら国と民を想う熱き男。やや直情径行ではあるが、非常に好感を抱くキャラクター設定。

しかし。
感情移入出来ない。
嘉兵衛には読書開始直後からボンヤリとした違和感を抱いていた。
何と言えばいいのか。
まるで平成の良識人が戦国にタイムスリップしてきたかのような。
終始敬語口調なのも引っ掛かる。
一方の金宦は、やはり敵方というのが、、、

そして中盤、この嘉兵衛に劇的な境遇の変化が起こるわけだが、これを読者諸氏がどう受け止めるかで今作の評価が大きく分かれることになる。
>嘉兵衛はここのところ、雪乃と千寿のことを思い出す機会が、とみに減ってきていることに気づいていた。
この記述を以って、私と嘉兵衛の乖離は決定的となった。
そして晋州城とラストでの決別。
一度ならず二度までも。何故?何故そうなる??

○○○とは何者だったのか?
が、テーマになっている以上、当然の展開なのだが、どうしてもしっくりこない。
私の方が平成の価値観で、嘉兵衛の生き様を判断してしまっているのだろうか?

主人公に感情移入出来ず、物語の道標を見失いかけつつあったが、要所要所で作品に引き戻してくれたのが誰あろう加藤清正その人である。
強く、厳しく、不器用で情に厚い。部下を労り自ら先頭に立ち、責任を全うする。
まさに男が惚れる男。理想の上司の究極形といってもいいだろう。
バリバリの文治派、三成LOVEの俺でさえ骨抜き状態w
キャラメイクの王道、ベタの威力を改めて実感する。
当然歴史上の人物なので雛型はある。
しかし史実と史実、エピソードとエピソードの間を埋めて、キャラに肉付けするのは作家さんの力量。
いや~~良く解ってらっしゃる、ツボがw

そしてその清正に対比する形で描かれているのが小西行長
こちらは読者の嫌悪感を一身に背負う役回り。
心配していた日朝間の歴史認識のバランスは、非常に気を配った記述で大いに納得していただけに、この行長に対するあまりの書かれようにはいささか驚いた。
正直、行長には悪いイメージを持っていなかったので、改めて資料を漁ってみようと思い、取り敢えず学研の歴史群像シリーズを本棚の奥から引っ張り出す。
おッ!【参考文献】に載ってますね。

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、、、改めて読み返してみると結構偏りがあるような。
少なくとも日本の学者には、「壬辰倭乱」と呼称してほしくない。
おっと、これはまた別の話。

純粋な小説の面白さとは別に、歴史認識や様々な思想信条が絡み合い中々正当な評価がしづらい。
>もはや生まれた国などどうでもよい。一度、この大地に生を享けた者は、この大地に恩返しすればよいのだ――。
私如きがこの境地に至るには、まだまだ時が掛かりそうである。


逃げの
★★★☆☆

北極海で燃え上がる、日独熱い男たちの友情『氷海のウラヌス』

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赤城毅

 

帯の

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面白い。
あまりに
面白すぎる!

は、流石に煽り過ぎ。
でも面白いのは確か。
開戦直前の国際情勢と、多少の軍事知識は要求されるが。
間口やや狭。
軍オタ以外スルーかね~勿体無ぇな。

1941年 昭和16年晩秋。
北極海を西進する独仮装巡洋艦ウラヌス。
その艦上には、密命を帯びた二人の日本人の姿があった。
彼らの任務は、もし太平洋にて日米の戦端が開かれた場合、ドイツの対米参戦をヒトラーに確約させること。
手土産は日本海軍の秘密兵器「九三式酸素魚雷」!
はたしてウラヌスは厳重な警戒網をかいくぐり、ドイツ勢力圏の港に辿り着くことが出来るのか?

この手の日独の秘密連絡モノは「Uボート」と相場が決まっているのだが、今作では民間商船に偽装した「仮装巡洋艦」という設定。
おお、新しや。

しかし、それ以外はベッタベッタ、王道中の王道。
少年漫画みたい(←褒め言葉です)
初めは反目しあう日独の軍人達。
ドイツ人艦長は、黄色人種を猿と蔑む取ってつけた様な人種差別主義者。
しかし厳しい航海を続けるうち、最後にはお互いを認め合う“戦友”になっていく。
まさに、男惚れの世界。
敵が徐々に強くなっていくのもおあつらえ向き。
乗組員の反目→北極海の過酷な自然環境→ソ連の田舎海軍→欧州最強ロイヤルネイビー
出来過ぎてるぜ!

歴史を題材に採っている以上、結末は決まっている。
真珠湾奇襲後、ヒトラーアメリカに宣戦布告する。
三国同盟」は参戦義務を規定していないので、ヒトラーのこの決断はちょっとした謎だ。
ソ連との「東部戦線」が膠着している現状で、また新たな強大な敵アメリカと事を構えるのはどう考えても無謀である。
しかしヒトラーは参戦を決意する。
この歴史のエアーポケットに、フィクションの絶妙な匙加減がねじ込まれる。

そして設定の妙と共に語らなければならないは、キャラクターの魅力。
勇猛果敢、冷静沈着、職業軍人としての誇り、戦友同志の絆、家族への愛情。
オンリーワンの人間がわざわざ危険な作業に志願したりと、ややヒロイックに過ぎる場面も鼻に付くが、出てくるキャラ出てくるキャラ全てがまあぁぁ~~イチイチ惚れる。
熱いものが込み上げてくるのを抑えたのは、二度三度では足らない。

やはり俺はベタに弱いらしい。


映画化希望w
★★★★☆

男で育児経験がない俺でも、かなり応えました『八日目の蝉』

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角田光代

 

角田先生には、前回の対戦で打ちのめされたんで。

今回代表作いかせて頂きました。

ryodanchoo.hatenablog.com

愛人宅に侵入し、赤ん坊を誘拐してしまった野々宮希和子。

全国を逃亡しながら、自分の娘のように愛情を注ぎ育てる希和子だったが、、、

偽りの親子関係を通して描かれる真実の家族愛。

読中、読了後、そして今も。
様々な感想っつーか、思いが沸々と心の底から湧き上がってくるが、的確に言語化出来ん。
何っつーの?人間の素晴らしさと愚かさ、強さと弱さみたいなモンが、三百項にギュッと凝縮されてます。

前半は誘拐犯「野々宮希和子」の逃亡劇。
次々と主人公の境遇が変化する逃亡モノは、純粋にエンタメとして面白い。
それプラス、血の繋がってない誘拐した子供に対する愛情が丹念に描かれる。
赤ん坊は可愛いだけの天使ではない。
空気も読まず泣き叫び、糞も垂らしゃ熱も出す。親という存在に常に迷惑を掛け続ける生身の人間、それが赤ん坊なのだ。
しかしこの過程を二人で乗り越え、生活を積み重ねていくにしたがい、希和子は犯罪者から保護者へ、そして真の母へと成長していくことになる。
ここいら辺、男の俺でもかなりグイグイ来たから、読者が女性なら言わずもがな。育児経験があれば尚更でしょう。
しかしどんなに愛情を育もうと、現状が幸せであろうと、出発点が誘拐という許し難い犯罪であることは動かない。
不倫の末妊娠、堕胎後棄てられるという希和子の受けた仕打ちを考慮すれば、充分情状酌量の余地があるとはいえ、それでもやはり幼子を連れ去るというのは許し難い行為。
コレ、「同情されるべき悪」っつーこの微妙な匙加減。
極悪非道でもなければ聖人君主でもない。
自ら弱さ故、過ちを犯した人間。

程度の差こそあれ、皆そーでしょ。
あらゆる煩悩に悩み苦しみ、葛藤し続けることこそ人生であり人間。
法という一線を越えることは稀であっても、何の不安も不満も無い日常ということはありえないのだから。
逆に言うならば、深く信じ愛していた人間から手酷く裏切られて、相手を怨むこともなく、自らを嘲ることもなく、すんなり許せるような者を人と呼べるのか。
それは最早悟りを開いた仏か、全知全能の神か、さもなくば感情がブッ壊れたサイコパスでしょ。
そんなキャラでは琴線に触れる小説の主人公には成り得ないし、俺も興味はない。

弱さ故の過ちと、それを乗り越えようとする葛藤があるからこそ、読者は希和子に感情移入し、同情し、幸せになってほしいと願い読み進むのだ。
そして後半まさに自分の過去を乗り越えようとする強さが描かれる。
二人目の主人公「秋山恵理菜」、幼少時希和子に誘拐されたことによってその後の人生を大いに狂わされた本件最大の被害者である。
幼少期に実親と隔離されたことで家族とも馴染めず、その後の過熱した報道によって平穏な日常も失ってしまう。

正直前半の逃亡劇がスリリングで面白かったんで、主役が恵理菜に変わった際、読書のテンションが下がったのは否めない。
だが、恵理菜が自らの過去と向き合い少しずつ克服していく様は、中々に読み応えがあった。
ここ迄壮絶な過去があったわけじゃないけど、俺ん家も所謂「幸せ家族♪」みたいな感じじゃなかったんで。う~ん、何か重ねて読んでるトコあったかも。

いやね、うん、言わせてもらえば、悪いヤツは一人も出てねぇと思うのよ、この小説に。
女性読者は猛反発だろうが、あの父親と塾の講師にしたって根っからの悪党ではない。ええクズではありますクズではね。
同じ弱さ故の過ちであっても、刑法に触れ、より重罪であるはずの希和子の方が遥かに清々しいというのも面白いところ。
希和子が匿われる新興宗教団体にしても、悪とは言い切れん。只世間の常識とはズレているということ。

何か最近さぁ~「我こそは絶対正義也」みたいな人多いじゃん。
多様な価値観を謳ってる割に、自分と違う意見を絶対許さないっつーか。
俺も多分にそーゆートコあっから注意しないと、、、とかまで感想が飛躍したり。
まぁ、冒頭述べた通り様々な思いが交錯して、やっぱ、上手く感想として纏められませんでしたとさ。

あッ、一つ確固たる意見具申あったわ。
本作のクズキャラ二名を通して、広く世間に訴えたい。
百歩譲ってたまたま初回、勢いにかまけてというならまだ、まだ解るけれども。
逢う度逢う度毎回でしょう?何で平気でこんな無責任なこと出来んの??
読中イライラしっ放しだったんだけど、今ここでハッキリと申し述べさせて頂きます。

「世の男性諸氏、婚前交渉ではきちんと避妊しなさい」

以上ですキャップ。


映画も良さそう。
★★★☆☆

最高のカタルシス『鋼鉄の叫び』

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鈴木光司

 

「リング」シリーズ読んで以来、実に十数年振りッの鈴木先生と再戦。
こうやって、感想文綴るようになる遥か昔、恐らく人生で初めて読んだ小説ではなかったろうか。
いやぁ~お久し振りです。

 

テレビ局のプロデューサー雪島忠信は、特攻隊を題材に番組を企画する。

一方私生活では、家庭ある女性との自由気ままな恋愛を楽しんでいた。

特攻隊の任務と不倫の精算、何の関係もない二つの事柄が五十年の歳月を越えて結びつくとき、二人の男が人生を決断を迫られる。

 

勿論小説なんで。フィクションなんで。作家が自由に創れる物語ですから。
それを差し引いてもなお、壮大な話だったわ。

悩みに悩み抜いた後の決断によって、如何に人生が切り拓かれていくかっつーね。
不倫の清算と特攻からの生還。
まあね、現代と戦時下で、時代背景の差は著しいものの、どちらも人生を左右する決断であることには変わらない。
特攻隊は誰が書こうが、どうやってもドラマティックな題材ですから、戦中パートの読書牽引力は申し分無し。
翻って、不倫を軸に据えた現代パートは、読んでて退屈かなと思いきや、とんでもない。
より自分の日常に近い分、主人公の決断の重みがグイグイ伝わってくる。
まあ、不倫の経験は無ぇけど、流石に特攻よりは実感あんでしょ。

愛する人と添い遂げることは、愛する人が最も大切にしている家庭を壊すことになる。
たとえ仕事を失っても、他人から憎まれようとも、愛に殉じる覚悟はあるのか。
生きたい。しかし仲間や部下が次々と戦死する中、自分だけおめおめと生き残れるのか。
特攻で愛する祖国を守れるのならば、喜んで死ぬ覚悟だった。しかし、生きたい。
現代と戦時下が複雑に絡み合いながら、二人の男が究極の決断を迫られる。

現実から目を背けず、自らが受ける傷を厭わず、熟慮を重ねた末、下す決断の何と尊いことか。
そして、決断しなければならない時にそこから逃げ、問題を先送りにすることが如何に状況を悪化させるか。
憎悪をぶつけてくる相手に誠心誠意向かい合い、一番大切なモノの為に、今出来る限りのことをやる。

いやいや耳触りの良い理想論ですよ、俺も読んでてムズムズしたもん。
でもやっぱ真理だと思うし、自分の人生でも実践出来たら素晴らしいなと思います。

最後、戦中パートと現代パートが一本の線でピーーンと繋がるんですが。
これはね、もうね、よっぽど鈍い読者じゃない限り、中盤辺りで何となく当たりをつけるとは思います。
それでも、何となく予想してた結末がキャラの台詞となって、作中に文章として確定しているのを読んだ瞬間ッ←コレ、このカタルシスね。やっぱりそうだったかッ!っつー気持ちよさ。
そして件の決断の尊さと、これから始まるであろう幸せの連鎖に胸を弾ませつつ、気分爽快に読了。
いいんじゃない?こーゆーのもたまには。
でもやっぱ白過ぎると、毒気を欲する天の邪鬼な俺w

一つケチを付けるならば、タイトル。
「鋼鉄の叫び」って、全然ピーンと来ないっつーか、内容と合ってなくね?
もっとこう、しっくりくる題名あると思うんだが、、、


峰岸中尉の新作希望
★★★☆☆

国家公認の処刑執行者『トリガー』

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ウーマンラッシュアワーの村本さんですか?

板倉俊之著

 

インパルス板倉さんの作家デビュー作品ですね。

芸人がどれ程の作品書き上げてんの?
サバゲーが趣味ちゅーのは既知だが、ガンアクションもの!?安直だなぁ~~
第一印象こんな感じ。
正直、意地悪い気持ちから手に取った次第。
平凡な単語の選択、固有名詞の乱用、練り込まれていない文章、ありきたりな設定、先の読める展開。
ハッキリ言って粗い。
粗い、、、が、面白い!

>東京都新宿駅――。鳩の糞を被った時計の針は、すでに午後九時七分を指している。

一行目で(おおッ!)という期待感。ザクザク読み進めた。
練り込まれてない文章ということは、裏を返せば読み易いちゅーことで。

近未来の日本。
あらゆる政治課題を迅速に処理する為、日本は議会制民主主義から国王制へと移行していた。
犯罪発生率の増加に業を煮やした国王は、ある法律を制定する。
『射殺許可法』
志願者の中から国王と性格パターンが類似した者を選出し、拳銃を携帯させ、自らの善悪基準の判断で自由に発砲・射殺を許可するという法律。
政府公認の処刑執行人、彼らは『トリガー』と呼ばれた。

今の世の中。
皆イライラカリカリ来てんでしょ?
ホント、マナー・エチケット・礼儀礼節はどこいった?って感じで。
満員電車で新聞をおっ拡げて読むオッサン、海や山に平気でゴミを捨てる観光客、イジメっ子、高圧的な職質警官、、、etcetc
“確実に刑法に触れた犯罪者”だけではなく、こういうグレーゾーンの人間も容赦なく眉間に風穴が空いていく。
不謹慎ではあるが、怒涛のカタルシス

元来自分も「犯罪には厳罰を」が信条である。
なので、精神鑑定だの、少年法だの、死刑廃止だのと加害者の人権ばかりを謳い上げる一部勢力に対してはいつも苦々しい感情を抱いていた。それも大きい。
この核心について波長が合わなければ、全く作品に入り込めないと思う。

しかし悪党を吹っ飛ばして爽快感を得るだけでは、小説として何とも底が浅い。
当然生命倫理の問題を絡めてくる。
「いかに悪人とはいえ、問答無用に命を奪ってよいのか、彼らにも家族や愛する人がいるだろう」
この問題にトリガーと射殺された者の遺族はどう向き合うのか?
命とは?正義とは?

都道府県にトリガー一名という設定。
主に関東圏のトリガーがオムニバス形式で綴られる。
各話の展開が簡単に予想出来る、国王の性格パターンに沿って選出されたトリガーなのに個体差が大きい、これだけの法律にも係わらず運用が極めて杜撰等、突っ込み所はそれこそ盛り沢山。
しかし話の勢いはフルスロットル、読ませる。
う~~~ん、悩ましいね。
素直に褒めたいんだけど、やっぱ粗い。が、貶すにはよく出来てる。
作家が本業じゃない人の作品を軽々しく認めたくないっつーか、逆に、デビュー作でここまで書けんのは凄ぇ!なのか、、、う~~~ん、悩ましいね。


オムニバスの宿命、玉石混交、、、っつーわけで逃げの
★★★☆☆

胸が締め付けられます『アンチェルの蝶』

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遠田潤子著

 

場末の居酒屋主人藤太、漫然と灰色の日々を送る彼の元にある日、幼馴染みの娘が現われた。

うらぶれた中年男と小学生の女の子の奇妙な同居生活が始まった、、、

 

冴えない中年男のところに転がり込んできた女の子。
まあ、よくあるシチュエーションですな。
頑なに閉ざされた藤太の心の氷を、ほずみがゆっくりと溶かしていく。
そんなハートウォーミングなストーリーかと思いきや、、、

殺人、児童虐待、強姦、ストーカー、嫉妬の狂気と、読むほどに気が滅入る内容。
中年男と女の子のささやかな交流を、気恥ずかしく読んでる前半が華。
こんなに胸糞悪いエピソード群を無理矢理捩じ込まなにゃいかんかね?
やっぱ微笑ましい話だけじゃ、小説として弱いんでしょうか。

出自って、究極の運ゲーだよね。
貧富の格差、容姿の美醜、生まれる地域、親の性格・教育方針、、、
人は生まれながらに平等とは言うものの、どの親の子として生まれるかという本人の意思が全く関与しない最初の篩い分けで、人生のレールがある程度決まってしまうという残酷な現実。

ろくでもない親の元に生まれついてしまった、三人の幼馴染みの物語。
俺もねぇ、正直色々思うところあります。
ええ、勿論、感謝しなきゃならんのは解ってます。
先進国日本の平和な時代に、こうして五体満足で生まれつくことが出来たわけですから。
これだけでも全人類幸せランク、上位なのは間違いないところ。
でもね、幼少期の家庭環境を思い出すにやっぱ、何ともやりきれない気持ちになります。
主人公の藤太ほどではないにしろ、俺も相当殴られて育ちましたから。
当時の苦痛と恐怖と屈辱が、どれほど俺の性格形成上、影を落としているか。
父に対しては、今はもう何のわだかまりもありませんが、敬意や感謝といった子供が親に対して普通に抱く感情も、終ぞ感じることはありませんでした。
俺だって家族を愛し、家族に愛されて育ちたかった。

だから藤太の気持ちもよく解ります。
勿論、愛情の欠如が殺意にまで煮詰まるほど、最悪な環境ではなかったですが。
外道が地獄に堕ちるのはしょうがない、自業自得です。
しかし、偶然ろくでもない親の元に生まれたからといって、運命を好転させる機会も与えられぬまま、人生を諦めなければならないなんて。こんな理不尽が許されるのか?
神という存在があるのならば、一体何をしているのか?

藤太と秋雄といずみ。
酒とギャンブルに溺れた父親たち。殴られても、蔑まされても、小学生ながら懸命に生きようとするその様は、かくも読者の胸を打ちます。
ホント小説の中に入っていって助けてやりたいくらい。
結局は読者の願いも空しく、三人の幼馴染みたちは悲劇へと吸い寄せられていくわけですが。
子供にとって親ってのは、殆ど世界の全てですよ。
愛情を注ぎ、教育を施し、一人前の大人に育て上げる義務がある。
でもこれを全う出来ない親が、確実にこの世界に一定数存在するわけで。
そして子供は親を選べないと。

これを運ゲーと呼ばずして、何と呼ぶ?
かなり話は逸れて、変な感じになっちゃいますけど。
これが輪廻転生なり、前世の業で振り分けられてるならまだしも、ホントに只の運だけだったら?
美男美女の両親の元、経済的に裕福な家庭に生まれ、幸せが約束された赤ん坊と、アフリカの最貧国に生まれ、明日の食事もままならない赤ん坊。
この本人の意思や努力ではどうしようもない圧倒的格差は、一体全体いつどこで誰が決定づけているのか???
運。運だけで出自が決まっているとしたら、、、これほど恐ろしいことはないと思いませんか。

って、また本の感想じゃねぇーな。

取って付けたような最後の大どんでん返しも含め、ラストまで予断を許さぬ怒濤の展開。
派手な部分ばかり抽出してますが、日常描写も丁寧で良い感じ。
藤太が無理矢理話す標準語と、周りの関西弁との落差。
不器用な男の不器用な優しさ。
劣悪な環境の中、料理人やバレリーナに夢を馳せる藤太といずみ。
子供特有の純真な健気さに胸が締め付けられます。
これを応援するのが親の役目だろうがッ!
真面目に一生懸命生きてる人間が普通に幸せになれる世の中。
読了後の俺が今言えることは、「藤太とほずみには、幸せになってほしい」それだけです。


本当に伝えたい思いは、態度だけではなく言葉で
★★★☆☆

『光秀の定理』とは?

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垣根涼介

 

歴史小説初挑戦の垣根先生が描く、織田家仕官前、歴史上まだ無名の明智光秀

面白いッ!

書店に並んでる時からそのタイトル、桔梗の旗印を思わせる水色の美しい表紙にこれは面白そうと目星を付けておいたのだが、先日遂に図書館にて発見。
ありがたやありがたや。

期待通りの面白さ。
垣根先生の光秀像バッチリ。いやぁ~羽山作品以来のフィット感。
まさに、これぞ俺が想像する明智光秀という感じ。ピッタンコ。
初の歴史小説だとか。次回作も期待大だなこりゃ。

今作の光秀像、何が良いかと問われればズバリその弱さの描写にある。
名門土岐明智一族の嫡流、頭脳明晰、容姿端麗、戦略戦術にも長け個人としても剣・鉄砲の名手。
雅な佇まいにして文化芸術にも造形が深く、さらには武将として家臣領民の信頼も篤い。
ここまで完璧な人物のその裏、短所弱点にこそ「垣根光秀像」の人間らしい魅力が溢れている。

やっぱ光秀好きだわ俺。
う~~ん、自分とダブらせてんのかね?
それなりに何でもこなすのに、ここぞという時の気の弱さ、線の細さ。
つまらないことでも一々引っ掛かり適当に流せない要領の悪さ。
似てる俺にw
生真面目過ぎてあらゆることに手を抜けない、結局全部背負い込んしまう。
そんなお人好しな自分に自己嫌悪、いっつもイライラするのに直せない。
俺?俺のことか?
っつーか、こーゆーメンタル面の弱さじゃなくて、戦国武将として有能な面が似て欲しかったわ!
あっ、あとハゲね。これはフサフサの俺には関係なしw

さてさてこの魅力的な光秀の生涯、どの時期にスポットを当てるかというと、、、
物語は永禄3(1560)年から始まる。信長に仕官する数年前、未だ光秀が歴史上無名の頃。そして作中月日は流れ、メインは信長上洛時の対六角氏戦の一つ長光寺城攻略。
本能寺でも山崎でもなく長光寺城。渋い!っつーか知らんがな。
ネットで検索かけても長光寺城攻略戦に於ける光秀の活躍振りの詳細は解らず。
城への攻め口は四つ、はたしてどこから攻め上がるべきか?
どこまで史実でどこまでが垣根先生の創作かイマイチ判然とせんが、ある奇抜な方法を用い長光寺城を無傷で落城させる。
そ・れ・が、「光秀の定理(レンマ)」ってこと。

ここまで光秀のことばっか書いてるが、実はこの物語主役は三人。

食い詰めた兵法者・新九郎と辻博打を生業とする謎の坊主・愚息というキャラクターが配置されている。
光秀の定理(レンマ)は、謎の坊主・愚息が行っている辻博打を応用したもの。
~伏せた四つの椀の中に親の愚息が小石が一つ仕込む。これが当たり。
子は四つの中から一つに賭ける。
すると親が外れの二つを取り除く。この時点で再度賭ける椀を確認。
残る椀は二つ、最初に子が賭けた椀ともう一つ。
確率は二つに一つ、50%のはずなのに回を重ねれば重ねる程親が勝つという仕組み。
数学なのか?はたまた心理学なのか?読者諸賢は解りますかな?

俺も光秀も最後の最後、種明かしの後でやっと理解するという体たらく。
その点信長は天才、少しのヒントであっという間に正解へ辿り着く。
何っつーの、天才と秀才の差、さらには凡人との大差を思い知らされるエピソードだなと。
ここいら辺の信長と光秀の初期、時代の破壊者革命児と最強の常識人の幸せな邂逅を感じられるのも今作の魅力。

そうそう主役の三人は勿論、登場人物のキャラ付けが素晴らしいのよ。
いちいち俺の想像とピッタリ。それぞれ大納得の人物像。
光秀は先の通り。愚息と新九郎はオリキャラなんでやや理想的に過ぎるが、その自由奔放な生き様は読者の誰もが好感を抱くだろうし、信長の奇天烈な天才振りもドンピシャ、光秀一の重臣斉藤利三の侠気には感じ入るといった案配。
中でも俺が唸ったのは光秀の盟友、細川藤孝
くぅぅぅーーー来たね、来ましたね。
いや垣根先生さ、タイムスリップして直に本人を御覧になったんじゃありませんことw
それくらいドハマったね。この細川藤孝像は。

明智光秀好きな人で、細川藤孝に好感持ってる人って殆どいないでしょ。
何せ生涯の盟友、しかも縁戚でありながら、本能寺の変の際あっさりと光秀を見限った戦国の薄情者No.1だかんね。
俺も大っ嫌い、関ヶ原のときもホイホイ東軍に付くしよ。兎に角勝ち馬にすがりつくのは天下一品というイメージ。
まぁあの時代、強い者に寄り添うのは当たり前なんだが、それにしても露骨過ぎんだよ細川家。
今作にもまんま、そのまんまのイメージで出て来やがった。
まああぁぁ~~小憎らしいッ!
でも垣根先生それだけじゃないんだよね、藤孝という見事に戦国を生き抜いた男の凄味をありありと描き出してます。
この大っ嫌いな人物に魅力を感じるというなんとも言えない感覚。心地良い。

とベタ褒めのまま最終章、舞台は一気に慶長の御代(1597)へ。
太閤秀吉の治世を嘆き、もし光秀が生きていたらと往時を偲ぶ愚息と新九郎。
あれこれと本能寺の変の真相を語り合ったりするのだが、これは明らかな蛇足。
文禄慶長の役を持ち出して露骨な秀吉批判になったら興醒めだなとも思ったが、そこは上手くバランスを保ちつつ、ふ~~んこのままマッタリと終わるのかな、、、と思いきや!
やってくれます垣根先生。
いや最後のあのワンアクション、参ったね。素晴らしい。
歴史好き、特に光秀ファンには是非ともお薦めしたい。


史書はあるいは歴史の正当性は、常に勝者の側によって作られる。喧伝される。
敗者は、歴史の中で沈黙するのみである。
★★★★☆