昭和の重力に魂を引かれた漢

小説の感想文、たまぁ~~に雑記

表紙怖ッ『成功者K』

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羽田圭介

 

羽田作品、読了三作目にして確信。
コレが、コッチの方がッ、羽田先生の作風なんですね。
何て言うんでしょう、モヤモヤ感雁字搦めっつーか。
『盗まれた顔』みたいな普通っぽい小説?の方がむしろ搦め手で、

ryodanchoo.hatenablog.com『コンテクスト・オブ・ザ・デッド』の一筋縄じゃいかない方が王道なんだ、納得。

ryodanchoo.hatenablog.comそこそこの売れっ子作家だったKが、芥川賞受賞を切っ掛けにメディアへ露出しまくるようになり、人生を激変させていく。
一言で言うと以上ですが、勿論一言では言い表せないッ

「その日から読む本」

って、知ってます?
宝くじの高額当選者が渡されるらしいんですけどね。
突然舞い込んだ幸福に戸惑わないように、お金の使い道とかを色々指南してくれる手引き書みたいなもんらしいです。

これから芸能界を目指してる人、そうそうアイドルの卵とか、必読です。
絶対読んどいた方が良い。
売れる前に売れるってことを疑似体験しといた方が良い。
大金と名声を手に入れた時、人はどう変わっていくか。
以前の自分を保ち続けることが出来るのか、よくよくシミュレーションすべし。
勿論、一般読者が読んでも面白い。
テレビ番組の収録現場の様子から、タレントの格付けやそれに伴う待遇の差、挨拶の仕方やギャラ交渉のやり方まで、業界裏話てんこ盛りで飽きさせません。

成功の疑似体験。
次々と振り込まれる高額報酬、恭しく接してくる関係者、世間に影響を与えているという優越感。
最初は読んでて素直に気持ちいい。そう最初はね。
だが強い光ほど濃い影が差すもんで。
プライベートを猛烈な勢いで侵食してくる一般人。
小説の売り上げアップを狙って始めたはずのメディア露出のはずが、膨大な出演依頼をこなすのに精一杯で、本業の執筆時間が失われるという本末転倒。
大成したことで、ムクムクと鎌首をもたげてくる欲望。

「成功して良かったね」ってだけじゃ小説にならないんで、当然こっから紆余曲折。
一人の人間が少しずつ病んでいく様を観察するのは、まさにホラー。
メディアで求められるキャラクターを演じているうちに、そのキャラに自分が乗っ取られていく。
現実と空想の混濁。
このメディアに求められているキャラってのが肝でして。
バラエティー番組や雑誌のインタビューで、今求められている最適解をアウトプットしなければならないという勝手な思い込み。そこに自分の意見を挟み込む余地はない。
芸人相手なら弄りやすいキャラ、ワイドショーのコメンテーターならそれなりのことをそれらしく。
その道のプロの領域には踏み込まず、あくまで芥川受賞作家の文化人枠にしては親しみやすいというレベルで。
そう、全ては小説の売り上げアップの為、完璧に演じきっていたはず。
そのはずが、いつのまにか本心よりもキャラ付けの方が優先されていく。
そして、このままではヤバいと気付いた時には、、、

主人公である「成功者K」、俺と似ている面も。
気を遣っているつもりが、その実自分のやり方を周囲に押し付けてるところ。
仕事に絶対穴を空けられないと、目覚ましを何個もセットする小心振り。
空気を読みに読んで、逆に変な感じになっちゃうトコとか。
読んでて、あ~~あるあると親近感増々。
でもファンに手を出すとか、俺がその立場なら絶対ありえませんッ!!
小心のくせに自分の欲望には忠実みたいな。
ここいら辺も精神崩壊の末、多重人格化してるみたいで地味に恐ろしい。
もし俺が社会的成功を手にしたら、そうね、真っ先に保身に走るでしょうね。
スキャンダルなんてとんでもない、ガチガチに守りを固めます。
まあ、普通の生活を送っている現状でも、欲望に身を任せたことなんて只の一度もありませんが。
だから一抹の羨ましさも正直あるっつーか、たまには俺も理性のブレーキが緩めばいいのになんて、、、
と、やや複雑且つ生暖かい心情で、主人公にガッツリ感情移入しながら読み進めたわけであります。

自由な時間とプライベートを生け贄に差し出し、富と名声を得た。
努力と才能の結果、世間から認められ、自己承認欲求を満たし、内なる欲望を解放する。
しかしある時はたと気付く。今自分は幸せなのかと。
さてさてKは、成功して本当に良かったんでしょうか?
何時までも余韻を引き摺るあのラスト、好きです。
羽田先生、定番の図書館批判も健在。相変わらず耳が痛い。


満足でも不快でもない、最強のモヤモヤ感
★★★☆☆